観自在

観自在

以前国際ソロプチミスト西尾の会長よりある催しにお誘いを受け、西尾コンベンションホールに足を運びました。

内容は、薬師寺の大谷徹奬(おおたにてつじょう)氏のお話しでした。

1.5時間の講演は瞬く間に過ぎたと言っても言い過ぎではないほど、生きるとはどういうことなのか、自分と他人の違いは何なのか、というような根本的な問いに対して説教を頂いた充実した時間でした。

その講演の終わりに「幸せの法則」という本と写経の販売がありましたので、早速購入しました。

「すぐ実行」です。

その写経を始めると、まずはじめに「観自在(かんじざい)」が読まれます。

この本の中にはこう書かれています。

「第三章 救いの言葉 観自在」
「~玄奘三蔵もまた、自らが体験された「死」との直面によって、精神力をより一層強くされたことでしょう。そして、その「死」を通じて強くなられたご精神が凝縮された言葉が「観自在」だと、私(大谷徹奬)は受け止めています。」

私が仏教に興味が生まれたのはいつからか覚えが無いのですが、孫氏の兵法然り、1000年以上も前に起こった出来事や言い伝えですよ。

なぜ今、このITに張り巡らされた情報社会であっても淘汰されていないのかと、これってかなり不思議じゃないですか。

なのに、未だ私達はその金言であるお経や言い伝えと共に暮らしています。

国やルールも、汚くてボロくても昔からある店も同じです。

必要な物はいつまでも残り、不必要なものはいつか消えるのが世の理(ことわり)です。

自分達が気付いていないだけで、身近にそんなものが色々あるのではないかと思うんです。

仏教も写経も残っています。(もちろん神道も)

字を書くことが嫌いではない点と、その在り続けているその事象の意味が興味の対象となっているので、講演のその日の晩に書き始めました。
















「観自在」

いろいろな解釈がある中で、私の今の受け止めはこうです。

「自分の目線から見える景色(考え方)があれば、隣や対極にいる人から見える景色は自分と違う。即ち、同じ物を見ていたとしても自分が見ている景色(考え方)と同じ景色(考え方)を見ている人は誰も存在しない。故に、『自分の考えていることが正しいと思っても、それを自分以外の人に求めてはならない。』」

そんなことを思いながら、たまに写経を書いています。

ゆいリビングというリノベーション・リフォーム専門店の代表者であるからこそ持っていないといけない芯(目的)はありますが、その目的を達成するために必要な方法(手段)は色々な方法があります。

寛容な気持ちをもつことで、「観自在」の境地に一歩一歩と近づいていけたらと思っています。

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