おつかれさまでした

安倍元首相の死を受けて感じたこと

残念です。


日本国の成長を誰よりも真剣に考え、
そのために命を掛けて取り組まれた。

いつかこんな日が来るのではないかと、
ご本人も心していたのではないかと思う。

政治的な信条への反逆としての犯行ではなかった事、
これは少しイメージが違ったかもしれませんが。

警護の在り方についても色々意見が出ていますが、
不安定な事を安定的に行うのがプロとしての本質。

故人となられてはじめてその影響力や見えない功績、
その方の他己評価が明るみになる。

弔辞を読まれた麻生副総理の
「あんたがワシの弔辞を読むんじゃなかったのか」
この寂しいお気持ち。


衆院選の結果「自民圧勝」の構図が、
戦前と酷似しているという事実。


そしてこの一人の男の死を受けて

非常に多くの人が「安倍晋三の志を果たす」という
強大な力が倍増すること。

ご本人が政治界のトップになってまでしても成し得なかった志が、
後から来る者たちがその遺志を継ぐことで、
新しい日本の未来が創られていくのだろうと。

また、韓国が国民感情優先の政治体質であるとよく言われるが、
これからの日本が置かれる状況は似てくる可能性がある。

日本人はポピュリズムに翻弄さにくい人種だと思うが、
この時世の流れを作っていくのも国民一人ひとりの判断である事。

それも踏まえてこれから必要となる日本国の環境づくりを、
ぜひ政治家の皆さんに託したい。

人は生まれてすぐ亡くなる方もいる。
100を超えてもご存命の方もいる。
偉大な事を成し遂げた英雄が若くして亡くなることもある。

死の意味を考える時、こう思うようにしている。

その方の天命だと。

生まれた時から決められている命日があるのだとしたら、
その方は、その初めから決められていた命日を迎えただけの事。

そのことを誰もが知らないでいるから若かったりすると余計
「無念でしたでしょう」
「悔しかったでしょう」
「もっと生きたかったでしょう」
と、悲しく考えるのだと思う。

その方の死にどんな意味付けをしてあげるのか、
これが残された者の愛だと思う。

そしてその死の意味をどう前向きに解釈し、
自分がこれからどう生き切るのかが報いなのだと思う。

だから、個人にかける言葉は「寂しい」ではなく

「おつかれさま」

であるべきだと思う。


安倍晋三さんに深い哀悼の意を表し

山口県長門市へ向け

「長い間の真剣勝負、おつかれさまでした」

合掌


向岸寺油谷湾ライブカメラ(山口県長門市油谷向津具上)

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